公園でやるジャグリングの楽しさ

今年に入ってから、公園でジャグリングを練習しています。

 

道具をつくり、売ることを始めてから、自分自身が公園で練習することがどんどん減っていきました。それじゃあ、やっぱり道具の説得力がないだろうと。ジャグリングの楽しみを自分が忘れてしまうだろうと。芝生に道具を広げて、気の向くままに、ジャグリングする時間をつくっています。

すると、自分が昔はどんなジャグリングをしていて何が好きだったかを思い出し、そして、根本の部分は意外なほど変わらないんだ、ということに気づきました。

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diabolo 2011-06-14 懐かしい練習動画を見つけた。これが何の役にたつのかもわからず練習していた日々。 ジャグリングをやることに関して。昔から3ディアボロのハイトスと、3ボールカスケードが好きです。好きというか、自然とそればかりやってきた。シンプルなパターンで充分楽しめてしまう。逆に複雑なものは、見るのは憧れがあって大好きだけど(なんか夢を見ている感じで)、自分でやろうとしても、不思議なくらいできない。みんな本当に頭いいなって思うし、そこにコンプレックスもありました。 でも最近は気楽に、3ボールカスケードをどこでも楽しむおじさん、でいいのかなと思っています。自分はそれが好きなんだ、とわかっているのが大事かなと。

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これは9年前の動画です。こうして、毎日同じ公園で、もくもくとディアボロのハイトスとかをやり続けていました。

キャプションにも書いてあるのですが、僕はカスケードや、ディアボロのハイトスが好きでした。そういうシンプルなパターンを、もくもくとやるのが楽しい。やっていることはシンプルだからこそ、その日のボールの握り心地や質感、身体の調子、気温や風の強さ、時間と季節の移り変わり、その変化が感じられる。それに加えて、それを自分で撮影することも好きでした。

今思えばそれは、ランニングを楽しむとか、自然を楽しむとか、そういうのに似た感覚だったんだろなあと。あと当時は20代でもあり、行き場のないエネルギーを外で発散させていたのだろうとも思います。

ひさびさに公園に出てジャグリングをする生活をしてみると、結局自分のジャグリングの楽しみ方は、何も変わっていないんですね。

・運動用の服に着替えて ・いろんな道具を広げて ・それぞれのシンプルなパターン(型)を続けて ・ときどき自分のフォームや軌道を撮影してみる

笑っちゃうくらい変わっていませんでした。で、今考えると、それぞれの要素に、やはり自分の好きなポイントが入っているなと。


この「公園でやるジャグリング」は、PM Jugglingとしてここ数年意識してきた「部屋で楽しむジャグリング」や「旅先でやるジャグリング」とはすこし違う、贅沢なオフモードのようなもので、気分転換、という言葉がしっくりきます。気分を転換させるために、自分の時間を楽しむために、僕は公園に行っていたのです。よく考えると当たり前のジャグリングの楽しみ方でもあると思うのですが、この感覚がすっかり薄れていました。

ちょうど最近ランニングもしているのですが、自分を確かめる感覚が、すごくジャグリングと似ているなと思っています。

自分にとって「ランニングとジャグリングが似ていること」「シンプルなパターンを続けること」は、掘り下げていきたいなと思っています。ポジションやパターンから、楽しみを感じられること。

派手さはないこのジャグリングの楽しみを、写真や動画で切り取ってみたいとも思っていて、のんびり撮影も続けてみます。