たまむすび 第10回「大道芸」


2008年。就職をせずに大学を卒業した僕は、さて、これからどうしようかと考えていました。まずはとにかく、お金を稼がないといけない。ジャグリングで生活するにはどうしたらいいのだろうか。当時の僕には、JJFで優勝するか、東京都のヘブンアーティストになるか、大道芸人になるか、の3つしか思い浮かびませんでした。そうだな、大道芸をやってみよう…すぐにできることはそれしかありませんでした。

埼玉のアウトレットモールの側や、昔住んでいた東京の多摩センターなど、個人的に土地勘があり、なるべく広く、ほどよく目立たなそうなところでやってみました。まるで犯罪ですが、実際のところ許可を得ていないのでドキドキです。ジャグリングで生きていくんだ、ジャグリングはすごいんだ、と自分に言い聞かせながら現地に向かいました。

お金を稼ぐという意味では、思っていたよりは上手くいきました。楽しげな音楽をかけて、盛り上がる技をやって、決めポーズをすれば、ある程度はウケてしまうものです。ただそれは僕の力ではなく、ジャグリングの物珍しさや、人のやさしさによるものでした。ジャグリングそのものについて、手応えのようなものはありませんでした。

路上では特に嫌な思いはしませんでしたが、よく利用していた公園の隅っこでやっていたら、管理の人に、ここはプロの人がやる公園(ヘブンアーティストの活動場所)だからやらないで、と言われたことは心に残っています。もちろんダメなのはわかるのですが、僕はずっと小さい頃からこの公園で遊んでいたのにな、と反骨心を抱いたりもして。ただでさえ不安いっぱいで立っていたので、余計に社会に突き放されたように感じたのを覚えています。

そうして、3ヶ月ほどやってみて。ジャグリングとパフォーマンスとお金を結びつける必然性が自分にはなく、僕がやるべきことではないように感じたので、大道芸はやめてしまいました。これじゃなかった、じゃあどうすればいいんだと思いながら、近所の倉庫でアルバイトを始め、ただただ毎日ジャグリングの練習を続ける生活を始めました。

ジャグリングと生きたいという思いはあれど、あまりに先が見えなかった当時。大道芸で路上に立つことで、さらに生々しい孤独と不安を感じました。それと同時に、きっと何かある、という根拠のない希望も変わらず持っていました。そのときの気持ちは僕にとって忘れられないものになっています。


 

この原稿は書くジャグリングの雑誌:PONTEが発行するメルマガ『週刊PONTE』vol.23(2019/4/15発行号)に掲載されたものです。